最近、Wikipediaに「IT業界離れ」という事項を見つけました。実際にこの業界にいる者として、「IT業界離れ」という危機から抜け出すために必要なことを考えてみました。IT業界にもいろいろな分野がありますが、前提として当社はBtoBの受託システム開発会社なのでその目線で書いています。
IT業界離れの原因は何か?
Wikipediaでも「IT業界離れ」の原因やこれまでの流れがまとめられています。その中にこのような表現がありました。
末端従業員が置かれているデジタル土方や新3Kと揶揄されるほどに劣悪過酷で労働環境、長時間労働に代表される「人海戦術とデスマーチ」が横行し、一向に成熟できないIT業界の人材育成・人材運用のシステム、毎月の様に現れる新製品・新技術に追われ続ける末端スタッフの実情、末端従業員を次々と雇い入れては低賃金で使い潰していく搾取型のビジネスモデル、ITゼネコンとそれを支える下請けブラック企業といった、日本特有のIT業界の多重請負構造といった実態が、元従業員の証言や電子掲示板の情報などの形で数多く槍玉に挙げられ、求職者や就職活動中の学生の側からも不安視される様になった。
「劣悪過酷」、「長時間労働」、「人海戦術とデスマーチ」、「低賃金で使い潰し」、「搾取型のビジネスモデル」といった強烈なブラック臭がする表現が並べられています。これらすべてが事実だとすれば、IT業界離れが進むのも当然だな・・・という気がします。
そして、Wikipediaの結論部分でこんなことが書かれていました。
最悪のケースとして、日本のIT業界は、近未来にIT産業が崩壊することを指摘している。
経済産業省が平成28年に発表した「IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果」という報告があります。それによりますと最悪の場合、2020年には37万人、2030年には79万人ものIT人材が不足すると警告されています。確かに崩壊を予感させる報告です。
IT業界がブラック化したのはなぜ?
では、Wikipediaで挙げられているような状況がなぜ生じてしまったのでしょうか。これには大きく二つのことが関係しているように思えます。
- 多重下請構造というIT業界の悪しき慣習
- 無理難題を要求する顧客からの要望を断らない体質
それぞれの問題点を考えてみます。
多重下請構造とは
多重下請構造の問題をまとめる以下のような点を挙げることができます(他にもたくさんあると思います)
- 余計なマージンが発生するため、発注元企業はマージンを見込んだ費用を支払うことになり、末端の下請け企業は多くのマージンを搾取される。
- 元請のSIerに常駐することが多く、指揮命令系統があいまいになりやすい(労働者派遣法に違反する恐れがある)
- マージンを搾取するだけの会社が間に入ることで問題が生じたときにコミュニケーションが困難な場合がある。
- 多重下請構造の下層企業に属するエンジニアはいつまでたっても上流工程の作業をすることができない。つまり、エンジニアとして経験を積むことが難しくなる。
- 下層企業は、会社としてのスキルや経験を積み上げることが難しい。
多重下請構造の頂点となる元請のSIerはおもにプロジェクトのマネジメントだけを行ないます。そして、設計業務などを2次請けに発注します。2次請けは、中心的な働きをするSEを元請企業に常駐させます。そして、2次請けは、さらに3次請けのSE数名とともにチーム体制を作っていきます。いよいよプロジェクトが進んでプログラム開発の段階になりますと3次請け、4次請けといったIT企業からプログラマーが集められるのです。
つまり、IT業界は典型的なピラミッド構造です。たとえば、システムの発注企業が元請のSIerに対して、SE一人あたり毎月120万円を払うとします。しかし、元請企業がマージンを取るため2次請けには80万円しか支払われず、3次請けは60万円といった具合になります。
ピラミッド構造のより下層に位置するIT企業ほど、多くのマージンを搾取され、エンジニアは低賃金で働かされることになります。これが「搾取型のビジネスモデル」です。
無理難題を要求する顧客
システムの発注元企業は、どんな無理難題を要求することがあるのでしょうか。
- とにかく早く!(納期を縮めようとする要求)
- 今日中に対応して!
- 金額は据え置きだけど機能は追加して!
挙げるときりがありませんが、理不尽と思える要求をされることは確かにあります。そして、それらの要求を飲んでしまったが最後、「長時間労働」、「人海戦術のデスマーチ」、「低賃金で使い潰し」という現実が待っています。本当に理不尽な顧客であれば、断る勇気が求められます。
一方でシステム会社も専門用語などを多用して、顧客とのコミュニケーションがきちんと取れていないという問題があります。顧客の多くはシステムに関しては素人です。何もご存じないために理不尽と思えるような要求をしている場合があるのです。システム会社側も分かりやすく説明するコミュニケーション力が求められます。
まとめますと「理不尽な要求を断る勇気」と「コミュニケーション力」ということになるでしょうか。
脱ブラックのためにするべきこと
多重下請構造がブラックの原因であるなら、そこから抜け出すためにできることは何でしょうか。
この構造の下層に位置するIT企業の事務所へ行くと社長と事務の女性しかいないということがあります。エンジニアはすべて元請企業に常駐しているわけです。この状況から抜け出すためにはクリアすべき幾つかの問題があります。
- 自社内でシステム開発を行う環境がない。
- 自社内でシステム開発を行うエンジニアがいない。
- 自社内でシステム開発を行う力がない。
- どうやってシステム開発の仕事を取れば良いか分からない。
- エンドユーザーさまとの取引経験がない。
つまり、多重下請構造から抜け出すことは不可能に思えるほど難易度が高いことなのです。それでも脱ブラックのためにできることを考えてみました。
- webマーケティングに取り組む。
- とにかくエース級のエンジニアを自社に戻す。
- 最初はSIerからの持ち帰り案件でも良いので自社で開発する経験を積む。
- 小さな案件から地道に請けて、リピーターを増やす。
- 優良顧客を見極める。
これらの点について個別に見てみましょう。
webマーケティングに取り組む
エンジニアの多くは営業を苦手にしています。黙々とプログラムを組んでいるほうが楽しいし、やりがいもあるというタイプの人が大勢いらっしゃいます。そんなシステム会社がエンドユーザー様から仕事を取る方法の一つがwebマーケティングです。
ひと昔前は、情報システム部が馴染のシステム会社に開発を発注することが多かったように思います。ところが、最近は各事業部がグーグルなどの検索エンジンを使って独自にシステム会社を探して、見積もりを取るということが増えているように感じています。
また、中小企業の場合でしたら、社長様が自らググってシステム会社に問合せをされるパターンもあります。
今は、webから案件を取る絶好のチャンスです。当社もwebマーケティングに力を入れて、今では新規のお客様からの開発案件はwebからのお問合せだけで受注しています。多重下請構造の下層に位置するシステム会社の場合、マーケティング部といった人員は配置することは困難でしょう。当社もそうです。たいへんですが、わたしが自らwebマーケティングに取り組んでいます。
2017年1月から本格的に取り組み始めたのですが、最初の数か月はほとんどお問い合わせをいただくことはできませんでした。そして、1年目はわずか数件したお問い合わせがありませんでした。しかし、2年目には軌道に乗り始め、今では、十分な案件を確保することができています。
もっと早く結果を出したい方は、良いコンサルを探すのも一つの方法かもしれません。わたしの場合は、何でも自分ですることが好きなのでwebマーケティングに自分で取り組んでみました。やってみて本当に良かったと思っています。
エース級のエンジニアを自社に戻す
これは勇気が求められます。とはいえ、多重下請構造から抜け出して自社内で開発をするにはエース級エンジニアの力がどうしても必要です。恐らく、売上は大幅に落ちることになるでしょう。それでもやり切る覚悟が必要です。
エンドユーザー様への提案、見積り、要件定義といった作業を力のないエンジニアが行うと信頼をなくす危険がとても大きいです。当社もエース級のエンジニアを自社に戻しました。
持ち帰り案件で自社内開発の経験を積む
これは多くの下請けIT企業が行っていることですね。常駐先のSIerから開発業務の一部を持ち帰って自社内で作業するというものです。
エンドユーザー様から開発案件を発注していただくのがベストだと思っていますが、それが難しい場合は、持ち帰り案件で経験を積むことも悪くないと思います。いきなりエンドユーザー様からお仕事をいただくよりはリスクが低いかもしれません。当社もときどき持ち帰り案件をさせていただいています。
ただし、持ち帰り案件の多くは、詳細設計以降であったり、開発のみといったことが多いようです。エンドユーザ様への提案・見積・要件定義という上流工程を経験することはなかなかできません。あくまでも、自社内で開発するということを経験するためという割り切りが必要かもしれません。
とはいえ、今まで常駐開発だけをしてきたシステム会社にとって、自社内での開発という経験は本当に大きな価値があります。
小さな案件から始めて優良顧客との関係を育てる
エンドユーザー様が最初にくださる開発案件は、数十万円ということもあります。エンドユーザー様にとっても、最初の取引でいきなり大きな仕事を発注するのはリスクがあるからです。
それでもコツコツと続ける先に大きな仕事が待っていることがあります。一つ一つの仕事を確実にこなして、企業価値を高め、信頼を高め、経験を積むことができるなら、エンドユーザー様から大きな仕事を任せていただくことができるでしょう。
さまざまなエンドユーザー様との取り引きを続けると理不尽な要求をしない優良顧客との出会いがあります。そうしたお客様との関係を大切に育てて、リピーターになっていただくこと。その繰り返しが脱ブラックにつながると確信しています。
IT業界は本当にブラックなのか?
残念ながらIT業界はブラックという印象が強いです。わたし自身が過去にたずさわったプロジェクトの中にも1か月の残業時間が100時間を超えるものがありました。過労死してもおかしくないレベルです。
以前に比べると、IT業界全体としてブラック臭はやや薄れてきているように感じています。労働環境を改善しようとする動きがあることも事実です。とはいえ、多重下請構造や理不尽な顧客といった要素は今でも残っています。でもそこから抜け出すことは可能です。
理系の学生たちが希望を持ってIT業界を目指すことができるよう、まずは当社がホワイトなIT企業としての立場をゆるぎないものとできるよう取り組んでまいります。